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我が家の四猫物語(6)

我が家の四猫物語(6)


 「こちらに会いにきていただきお話させていただいた上で後日トライアルという形を取らせていただきます。里親詐欺、虐待目的など防ぎたいので必ずお届けさせていただきます。男性の一人暮らしはお断りさせていただきます。不安の為、短文や引っかかるところがある文章には返信しません。」というようなことも書いてあって、しっかりした保護者でいいなあというのが第一印象だった。新しい仔の里親募集の掲示板だ。こちらから出す里親希望のメールも嫌われたらどうしようと思って緊張して書いたのを覚えている。

 さて、いよいよ、トライアルでその仔が来ることになった。蕨である。旧名はワルツで、わーちゃんと呼ばれていたので、なるべくわーちゃんと呼べるように「わ」ではじまる名前を考えた。娘も加わってあれこれ出したが、最終的には「蕨(わらび)」か「山葵(わさび)」でかなり迷った。わーちゃんの毛色がぜんたいにグレーというのか、ワサビのようでもあり、ワラビのようでもある色をしていたのだ。千葉の山奥で保護されたということだったので蕨が生えていそうかなということで蕨に決定。後日わーちゃんの捨てられていた辺りを見学がてらドライブに行ったのだが、近所に何と「蕨の里」というところがあって、その偶然の一致に驚いた。普段はわーちゃんと呼んでいる。わーわー騒がしいというところもぴったりだった。

 わーちゃんは、なんとゴルフで銀メダルをとった今をときめく稲見萌寧さんが第一発見者なのだった(私たちは直接面識はないのだが)。千葉のゴルフ練習所のそばのコンビニに集まっている野良猫集団のなかに痩せ細った小さな新参者を萌寧さんが見つけ、保護活動をしているお母さんに保護してもらったのだ。普段あまりスポーツ観戦はしない私たちだが、わーちゃんの恩人がゴルフでオリンピックに出るということで萌寧さんが出る試合だけは連日プレーを見て、わーちゃん共々声援を送った。

 わーちゃんはその野良猫集団のボス的な猫に可愛がられていたらしくどうにか生き延びたのだろう。わーちゃんが保護されると同時に何匹かの野良も保護されたのだが、保護されて連れていかれるとき怖がって鳴くわーちゃんだったが、ボス猫はじっとわーちゃんを見つめ、その後、くるっと背を向けたらしい。だいじょうぶ、お前はもう行け、倖せになるんだぞと言っているようだった、とは稲見さん(母)の談である(後日聞いた話ではめでたいことにボス猫もその後どこかにもらわれていったそうである)。

 さて、保護された蕨であるが、ガリガリだったのは、実はすごい回虫がいたからだったらしい。マンソン裂頭条虫というもので(注意! 検索しない方がいいです! そうとう気持ち悪い)、何せ名前はマリリン・マンソンみたいだし、何せ「裂頭」ですから! 爬虫類や両生類からもらうらしい。それを駆除してもらったり、さらには肺炎にもかかっていたらしい。後日、野良猫のお世話をしてくれていた千葉のコンビニまで、わーちゃんたちをお世話してくれてありがとうのお礼を言いに訪問したのだが、店長の娘さんが主に面倒を見てくれていて、あの子は賢そうな子でしたねと褒めてくれた。周りはなかなか山深いところで、こういうところで蛇とかトカゲとかを食べていたのかと感慨深いものがあった。

(つづく)


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